東京大学大学院農学生命科学研究科   中西 友子先生

 中性子ラジオグラフィにより、植物内の水の動きを撮像、研究している中西友子先生にお話を伺いました。


先生が中性子ラジオグラフィを始められたきっかけは。

生物、特に植物と水分の関係に興味を持っていました。水分は植物において重要な情報伝達物質だからです。 なかでも根は、細胞へ水分等を取り入れる口であり、また目、耳などのセンターの役割も果たす植物の基盤組織です。 そんな根を含めた植物の生理を調べるのに、中性子ラジオグラフィが適していたからです。 特に、植物を生きたまま観察(非破壊)できること、可視化した像が美しいことは大きな魅力です。


具体的にどのような研究をなさっているのですか。

 半乾燥地で育つ重要な穀物「ささげ(豆化の植物)」は、茎の一部に貯水組織をもっていることが知られています。 その貯水組織の役割を中性子ラジオグラフィで調べました。また、根のまわりの水分の動きと根の活動を中性子ラジオグラフィにより調べました。 これにより、根圏の水の動態の研究が初めて可能となりました。


可視化する方法としてX線ラジオグラフィが知られていますが中性子を使われる理由は何ですか。

 生きた植物に中性子線を照射すると中性子線に対する断面積が大きい水素の像が得られます。 植物細胞中の80%以上は水ですから、水素の像とは水の像であり、また組織の像となります。 乾燥植物を用いた実験から、生きた植物を扱う限り、中性子ラジオグラフィで得られる像は水の像と捕らえて差し支えないことが判りました。 水分の測定法として他に核磁気共鳴を利用したNMRという方法があるのですが、この方法は分解能が10µm以下になり得ないことや試料の大きさに制限があるため、 細胞の大きさが数10µである植物や根の撮像には、中性子ラジオグラフィの方が将来的に有利と思われます。


中性子ラジオグラフィの魅力、利点は何ですか。

 植物は動けないのですが、常に生長点を持ち、環境の変化に対応しつつ成育しています。 言い換えると、動物と異なり、常に、環境の変化を体内に取り込みながら環境適応への戦略をとることができるのです。 ですから、非破壊状態で、つまり生きた植物や土壌中の水分の動きを知ることは、植物の活動そのものを知ることであり、 その手法として中性子ラジオグラフィは大きな利点を持つ手法と思います。


撮影に際して注意している点あるいは苦労されている点はどのようなことですか。

 生物(植物)を扱っているので、運搬等で傷害を与えたり破損したりしないようにすることです。


NHKの「ためしてがってん」等マスコミにも取り上げられましたが、その内容とその後の反響についてお聞かせ下さい。

 内容は、カーネーションの花が枯れる時の水分の減少する様子を撮像したものと土壌中の大豆の根の上部から先端までの断面像(CT像)を連続して映像化したもの及び根の屈湿性の画像です。 根とそのまわりの水分の可視化が初めて可能となったことへの反響がありました。 また、環境評価に利用できるのではとか、切り花を長持ちさせるのに利用できるのではといった声がありました。


先生の研究の最終目標をお聞かせ下さい。

 植物の情報伝達機構を知ること、ならびに、一つの細胞中の水の動きをイメージングすることです。 電子顕微鏡などにより固定した細胞内部の構造はよく知られていますが、細胞の動的活動をイメージングした報告はまずありません。 化学では、まず化合物の構造が判ってから反応系の化学が発達したように、細胞中の構造はある程度判っていますから、次の段階は生きた細胞内の反応、動きの解明へと発展していくと予想されます。 でも、その研究は手法の開発を含め、まだ未知の分野といえるでしょう。


原研の研究炉に対してご要望等ありますか。

 原研の研究炉部の方の技術的な蓄積があったからこそこのような研究が可能になったと思っております。 植物の研究の促進、環境問題解決のための手段等、中性子ラジオグラフィが切り開く新しい研究分野の可能性は非常に大きいと思います。 さらに研究炉自体も新しい研究を切り開く道具としてますます発展する可能性を秘めていると思います。


−どうもありがとうございました。

東京大学大学院農学生命科学研究科   中西 友子先生