東京都立大学大学院理学研究科   岩佐 和晃

 希土類化合物の4f電子状態は電子間の強い相関による多彩な物理現象の機構に深く関わっている。 一般に電子状態は軌道角運動量・スピンおよび全角運動量Jで表現される。本稿では複雑な磁性を示すCe化合物を電子軌道の視点から研究した成果を紹介する。 CePはNaC1型の立方晶結晶構造をとる。 Ce3+イオンの1個の4f電子軌道が隣接したPイオンの方向には広がらずにクーロンエネルギーを得するような結晶場基底状態が安定と考えられた。 このΓ7状態の波動関数は√(5/6)・Jz=+3/2>-√(1/6)・Jz=-5/2>と表され、大きさが0.71µμBの磁気モーメントを持つ。 中性子回折実験で見出された10K以下での磁気秩序構造(Type-IAF)の模式図を図1に示す。 全てのCeイオンがΓ7基底状態の磁気モーメントをもつ強磁性的な(001)面が、[001]方向に反強磁気的に積層する。 ところが磁場(数T)や圧力(数GPa)のもとでは、約2µ:Bの特異的に大きな磁気モーメント面が強磁性的に現れることが発見され、その起源が問題となった。 8K以下3T付近に現れるPhase 相での磁気構造の模式図も示す。大小の矢印で区別した二種類の磁気モーメント面が[001]方向に長周期で積層する。 小さい磁気モーメントはType-AF構造と同様のΓ7状態に起因すると考えられる。 特異に大きな磁気モーメントの発現に対して、 結晶場励起状態とみなされたΓ8状態(√(5/6)・Jz=+5/2>+√(1/6)・Jz=-3/2>,1.57µB)に類似した状態の関与が指摘されている。 中性子磁気散乱強度から電子軌道を反映した磁気形状因子が得られるので、4f電子状態の波動関数の形式を決められる。 改5号炉の5G(PONTA)分光器でいくつかの磁気相における偏極中性子散乱を行い、特異に大きな磁気モーメントをもたらす4f電子の磁気形状因子と波動関数を議論した。 図2(a)の青い■は2K, 0Tで測定されたType-AF相での磁気形状因子を散乱ベクトルの大きさ(sinθ/λ)の関数として示している。各プロットに測定したブラッグ反射指数を付けた。 零磁場での基底状態がΓ7であることを反映して、測定点をsinθ/λ=0に外挿して得られる磁気モーメントの大きさが約0.8µBとなる。 また赤い□で示したように、Γ7状態の波動関数から計算した磁気形状因子はこの実験結果をほぼ再現する。 2.4K,3Tで測定したPhase 相での磁気形状因子を図2(b)に示す。実験結果(青い●)は明らかにType-AF相より急速に磁気形状因子がsinθ/λに対して減少する。 この相では、主に大きな磁気モーメントによる散乱が測定強度を決めるので、データは特異な磁気モーメントを与える4f電子状態の特徴を示している。 小さな磁気モーメントはΓ7状態によると仮定して、 実験結果を再現する大きな磁気モーメントの状態は波動関数0.988・Jz=+5/2>+0.156・Jz=-3/2>で表されることが分かった。よって磁気モーメントの大きさは2.06µBとなり、 Γ8状態よりさらに磁気的に偏極していると言える。 このような大きな磁気モーメントを持つ基底状態が現れる原因として、隣接したCeとP間の強いp-f混成効果が提唱されている。 Ce4f電子軌道のうちΓ8的なものは(001)面内に広がる混成軌道を形成して比較的に安定しやすい。 磁場と圧力のもとでは安定化が促進され、ついには基底状態となり大きなモーメントをもって秩序化する。 この研究の意義は電子軌道の直接的な観測を中性子散乱によって行ったことにある。

図1.Type-I AF相およびPhase Iでの磁気構造の模式図

   
図2.(a)Type-I AF相での磁気形状因子と
Γ7状態に基づく計算結果
    図3.(b)Phase Iでの磁気形状因子と大きな磁気モーメントを
もたらす4f電子波動関数を求めたモデルフィッティングの結果