東京大学大学院工学系研究科   柴田 浩司教授

 JRR-4の中性子ビーム設備で各種鉄鋼材料に含まれる微量元素の測定をされている東京大学大学院工学系研究科の柴田浩司先生にお話を伺いました。


●先生のご専門は何ですか。

 鉄鋼材料学です。いろいろな鉄鋼材料の内部構造(組織)と材料特性との関係を明らかにすることと、 熱処理、加工あるいは合金元素を用いて好ましい内部構造をどのように作り出したらよいかを見いだすことです。


●原研の研究炉を利用してどのような研究を行っているのですか。

 α線トラックエッチング法という手法を用いて、鉄鋼材料の中に含まれるごく微量のホウ素(ボロン)がどのように存在しているのかを観察して、 ボロンの挙動、存在の仕方と鉄鋼材料の特性との関係を明らかにしようとする研究です。


●α線トラックエッチング法の原理について教えて下さい。

 ボロンは通常、質量数が11と10のボロンの混合物です。質量数が10のボロンの存在割合はおよそ20%です。 このボロンは熱中性子と反応しやすいという性質をもっていて、熱中性子と反応するとα線(ヘリウム)とリチウムに分解します。 鉄鋼材料の表面にセルロース膜を貼り付けて、原子炉の中で中性子を照射しますと、鉄鋼材料の中に含まれるボロン(質量数10)と中性子とが反応して生じるα線が、 セルロース膜に損傷を与えます。 中性子を照射したのちセルロース膜をはがしてナトリウム水溶液に浸しますと、α線によって損傷を受けた場所が、顕微鏡で観察できるようになります。 すなわち、顕微鏡でα線による損傷の様子を観察することによって、鉄鋼材料に含まれるボロンの分布の様子を非常に感度よく知ることができます。


●鉄鋼材料にホウ素(ボロン)が含まれているとどうなりますか。

 ボロンの効果は次の3つに分類できます。 まず、結晶粒界(あるいは相境界)に偏析しているボロンの効果、析出物(ホウ化物)の効果、3つ目は、ボロンそのものの効果です。 ボロンが結晶粒界(あるいは相境界)に偏析すると、結晶粒界の強度が上がり低温や高温で破壊しにくくなる、結晶粒界から相変態や析出が生じにくくなる、 結晶粒界(あるいは相境界)の移動速度が遅くなるなどして、内部構造や特性に好ましい影響を及ぼします。 ホウ化物は、相変態の生成場所となって内部構造を細かくする、水素をトラップすることによって鉄鋼材料が水素によってもろくなるのをおさえる、鉄鋼材料の被削性を向上させる、 ほうろうの密着性をよくするなどに利用できます。 また、ボロンはどのような状態にあっても中性子と反応しやすいためボロンを添加した鉄鋼材料は中性子の遮蔽材として使うことができます。


●実験をする上で注意すべき点は何ですか。

 中性子照射によって、鉄鋼材料がわずかに放射化されますので、放射能が十分下がってから、セルロース膜をはがすようにしています。 また、照射条件(中性子の強さ、照射時間など)を常に一定にすることは難しいので、熱処理、合金元素などを変えてボロンの分布を観察する時には、 すべての試料を一緒に照射して、エッチングも一緒に行うようにしています。 また、前に行った観察と比較する場合には、同じ試料を一緒にもう1度照射して比較するようにしています。


●先生の研究の最終的な目標をお聞かせ下さい。

 今でも、多くの鉄鋼材料にごく微量のボロンが添加されて、鉄鋼材料の特性向上に役立っているのですが、多くの場合、 微量ボロンがどのようなメカニズムで特性向上に寄与しているのか分かっていません。 私は、ボロンのそうした効果のメカニズムを解明することによって、よりすぐれた特性を有する鉄鋼材料の開発に役立たせたいと考えています。 ボロンは、鉄鋼のリサイクルの妨げになることもなく、ごくわずかで特性を大きく変えますので、省資源、リサイクルの点から非常に好ましい元素です。 また、ボロンの効果は、鉄鋼材料にとどまらず超合金、非鉄金属、セラミックスなどにも利用可能ですので、ボロンの利用を多くの材料にまで広げることも考えています。


●原研の研究炉に対して何か要望とかありますか。

 α線トラックエッチング法は、鉄鋼材料の研究にとって無くてはならない重要な観察手法です。 α線トラックエッチング法はこれまで立教大学の原子炉を利用して行われてきましたが、運転停止が決定しました。 今後、原研の原子炉において、大学、国公立研究所および企業の材料研究者が、α線トラックエッチング法によるボロンの観察を容易に行うことができるような、 中性子照射システム(装置および窓口)を是非確立していただければと思っております。


−ありがとうございました。

東京大学大学院工学系研究科   柴田 浩司教授