研究用原子炉JRR-3では、核分裂の際に発生する中性子を減速し、低エネルギー中性子として中性子ビーム実験装置に提供しています。 低エネルギー中性子は光と同様にNiなどを用いた鏡(ミラー)で反射する性質を持ち、これにより中性子を遠方まで輸送することができます。 JRR-3ではこの原理を用いた中性子導管を平成元年の改造の際に5本(熱中性子用2本、冷中性子用3本、合計232m)設置して、 原子炉から25m〜60m離れた実験利用棟内に設置した各種中性子ビーム実験装置まで導いています。近年、中性子ビーム実験の需要増加に伴い、 中性子ビーム強度を増強することによって個々の実験に要する時間を短縮することが強く望まれていました。
 実験利用棟内に設置されている実験装置における中性子ビーム強度は中性子導管のミラーの反射率に左右されます。 原研では中性子導管のミラーをこれまでのニッケルの単層膜を基板表面に着けたNi単層膜ミラーから、 研究開発を進めたニッケルとチタンを交互に積層させたNi/Ti多層膜スーパーミラーへと変更を行ないました。 Ni単層膜ミラーを用いた中性子導管では、中性子の全反射を利用して中性子の輸送を行っていました(図1の左)。一方Ni/Ti多層膜スーパーミラーは全反射だけでなく、 多層膜で反射される反射波の干渉(ブラッグ反射)による効果も利用できます(図1の右)。つまりNi/Ti多層膜スーパーミラーはNi単層膜ミラーよりも実質的なθcが大きなミラーとなります。 原研では、スパッタリング成膜法を採用するとともに、成膜時に隣接した膜層間における原子の拡散による界面の粗さを防ぐための酸化層を形成する手法を開発することにより、 世界最高レベルの反射率を有するNi/Ti多層膜スーパーミラーの実用レベルでの製作技術を平成10年に確立しました。この成果に基づいて、 JRR-3の熱中性子導管(約60m×2本)のミラーを平成15年2月にNi/Ti多層膜スーパーミラーに改良しました。
 この改良により、JRR−3の出力を上げることなしに、熱中性子導管出口における熱中性子ビーム強度を従来の約6倍に、 中性子ビームを利用できる波長範囲を従来の約1.7倍に広くすることができました。 (図2)。 これにより、個々の実験時間が短縮され、多くの実験を行うことができること、また、より広い範囲の実験が行えることが期待されます。 なお、この中性子導管は、原研と高エネルギー加速器研究機構が共同で建設を行っている大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設にも設置される予定です。

図1. 中性子反射鏡の原理 図2. 熱中性子導管出口における中性子ビームの波長分布