鳥取大学工学部 物質工学科   江坂 享男教授

 JRR-3の中性子ラジオグラフィーを利用して、無機固体材料中の非破壊観察をおこなっている、鳥取大学江坂享男教授にお話を伺いました。


●江坂先生のご専門はなんですか。

 原研の施設を利用するということで、原子核工学あるいは放射化学が専門と考えられるかも知れませんが、そうではなく無機の材料化学の内、 エネルギーの有効利用や環境の保全に役立つ機能性材料(エネルギー材料と環境材料)の開発に関する分野を専門としています。 この中には“固体電解質”と呼ばれる材料があるのですが、これらは恰も食塩水が電気を伝えるように、固体でもその中をイオンが動いて電気を伝えるもののことです。
 これらは、固体であることの有利さを利用して、現在世間を賑わせている燃料電池やリチウム電池、ガスセンサーやガス分離に応用できるのです。 電気を伝えるイオンがより効率よく動くような物質はないか、またこれまで知られているものでも調整法や形態を変えることで高性能化できないか、問うことで研究を続けています。


●環境放射能研究とは。

 環境放射能の研究は、放射性核種が放射線を出すという特徴を別にすれば、環境中の元素動態研究と同じカテゴリーであると考えられます。
 環境放射能は元素移動の有効なトレーサとして利用されてきていますし、今後もその方面での利用は続くと思います。 一方では、環境放射能は被ばくや環境汚染などの点からも研究されています。チェルノブイリ事故後の環境放射能研究は、 放射性核種の環境における長期的な移行を視点にいれたものとして進んできました。
 安定同位体が存在する放射性核種の環境動態は、安定同位体の動きと密接に結びついているので、安定同位体の分析がかかせないことになります。


●原研の研究炉を利用してどのような研究をしているのですか。

 機能性材料の電気化学的な特性を評価する手段は色々ありますが、固体中を動くイオンの濃度分布や伝導機構を明らかにした報告は多くはありません。 これは、固体の中を動くイオンを直接定量する有効な測定方法がなかったことによるものと考えられます。 私たちは、研究炉で得られる中性子線を利用した中性子ラジオグラフィー(NRG)と呼ばれる方法によって、イオン伝導体中のイオンの動きやイオン分布状況を直接観察しようとしています。 既に、市販されているリチウム電池の放電および充電時のリチウムの動きについて検討し、 この場合固いステンレスの被覆を通してもNRGを用いれば明瞭にリチウムの動きを可視化できることを明らかにしています。


●どのようなものが見える(可視化できる)のですか。

 このNRGは、健康診断の時に使う胸部X線撮影と同様の検査法なんですが、中性子はX線のように重い元素ほど大きく減衰される訳ではありません。 私は未だに理屈は分かりませんが、特別な元素、例えば水素やリチウムなどは、その他の一般的な元素より中性子減衰係数が大きいことを利用して、 その分布を細密に可視化することができます。ホウ素やガドリニウムも、この中性子減衰係数が大きいのです。しかし、あまり大きすぎて、元素の存在は分かりますが、 細かい濃度分布は今のところ見にくい状況です。


●この研究を行う事によってどのようなことが可能になるのでしょうか 。

 例として、図にリチウムが熱により拡散する様子を表しているNRG像を示しました。時間の経過とともに黒い部分が次第に白っぽく変化しています。 これは拡散によりリチウムが移動することを示すものです。最終的には、試料の各部位の黒化度を標準試料のそれと比較してリチウムの濃度プロファイルを得、 これをFickの式であわせると、リチウムの拡散係数が得られます。熱によるイオンの拡散を扱ったもの以外に、電極を付けて通電した試料についても、 試料内部でのリチウムイオンの拡散の様子は可視化できますので、この場合、イオンがどの程度動きやすいかとか、イオンが電気伝導にどの程度の割合で関与するか、 更にはどのような機構で動くのかを調べることができます。

図. 拡散対試料におけるNLi濃度プロファイル


●水素に関してはどのようなことが調べられますか。

 先にエネルギー材料という言葉を用いましたが、これに関するものとして水素イオン伝導体や水素吸蔵合金があります。 現在、前者に対して水素吸収や拡散の研究を行おうとしていますが、まだ完成していません。しかし後者の内、Mg-Ni系の水素吸蔵材料に対してNRG法を適用し、 水素吸蔵合金の初期水素化過程を可視化することに成功しました。実際に水素吸蔵時間の増加にともなう試料の膨張にしたがって、 試料内部へ水素が侵入していく様子が観察できましたし、合金中に固溶している水素の拡散係数を求められました。


●先生の目標(希望)を教えて下さい。

 これまで述べてきたのはあくまで試料の投影像のことです。そのため、試料中の任意の面内の元素分布を直接観測するものではありません。 それを知りたい場合には、中性子線ラジオグラフィー断層撮影法(NRG-CT)を使う訳ですが、まだあまり解像度がよくありません。 水素イオン伝導体の水素吸収と電極反応の解明をこれを用いて行いたいものです。また電気炉を持ち込めるなら、 リアルタイムで水素の動きをテレビ画面上で可視化できるNRG-TVにも挑戦できたらよいと考えています。


●原研の研究炉に対して何か要望等はありますか。

 リチウムイオン伝導体あるいは水素を含む材料についてリチウムや水素の動きを可視化することは、材料設計と評価の上で重要なことです。 これにNRGが利用できることは非常に意義深いことです。しかし、得られた影像は混在する他の成分元素の影響を受けることもあるのです。 特に、断層像の濃度プロファイルでは一般的にノイズが強すぎるために、より精密な数学的解析を行うことができないことは問題でしょう。 投影像のノイズ軽減(撮影の際の中性子以外の放射線を排除すること、ノイズ除去のためのフィルタの最適化、バックグラウンドの処理など)や像再構成の際に用いられる関数の最適化、 などに注意してノイズの少ない良質な画像を得ることができれば、緻密な解析が可能になると考えられますので、これらの点に関してご指導とご協力をお願いしたいと考えております。


−ありがとうございました。

なお、この研究に関するお問い合わせは下記にお願い致します。
江坂享男教授:esaka@chem.tottori-u.ac.jp

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