●農林水産省 畜産試験場 宮本 進
原子炉利用の最新技術である中性子即発ガンマ線分析(PGA)は、熱中性子を利用する一般的な放射化分析(NAA)と同様に非破壊的に多元素定量が可能で、 NAAでは定量困難な元素(H、N、S、B、Si、P、Cd等)の分析が可能である等の長所を持っている。 さらに、NAAでは24Naが多量に生成されるため目的元素の測定時の干渉要素となり易いが、PGA法ではこのNaによる干渉が少ない。 本課題では、カルシウムおよびリン代謝と関連が深く、また即発ガンマ線分析(PGA)による測定感度の高いホウ素を対象元素として、 畜産関連試料(植物および動物性)のPGAによる測定法を検討し、試料形状、試料量、測定時間等について知見を得た。 実試料への応用として羊にホウ素添加水を給与し、得られた血漿・糞・尿および実験終了後に得られた臓器中のホウ素量をPGAにより定量し、 血漿中の濃度の推移および尿・糞への体外排出、臓器における蓄積について検討した。 なお、本研究については、農業環境技術研究所、遠洋水産研究所と研究チームを構成し、 「農林水産研究における原子炉中性子即発ガンマ線分析法の利用に関する研究」課題について、日本原子力研究所東海研究所との共同研究の下に実施した。 最初に、畜産関係試料中の元素の測定法(試料形状,試料量,測定限界等)について検討し、 即発ガンマ線分析による飼料・血漿・尿・糞・臓器中の家畜の栄養上重要な機能を有すると推定されるホウ素等の定量を確立した。 その後、畜産関連試料中のホウ素の定量を行った結果、ホウ素の含有量は飼料(牧草・配合飼料)で高く、臓器・血漿等では低かった。 家畜におけるホウ素の代謝動態の研究のため、羊3頭にアルファルファヘイキューブ(1‚100g/日/頭)とホウ素添加水(ホウ酸ナトリウム添加、ホウ素濃度100ppm)を18日間給与し、 この間に得られた血漿・尿・糞および実験終了後得られた臓器(肝臓,腎臓,脾臓,甲状腺,筋肉)を供試試料とした(ホウ素投与区)。 なお、対照区の羊2頭(ホウ素無添加水を給与)から得られた試料についても同様に処理した。各試料のうち血漿、尿は1mlをテフロン製容器に入れ、 糞は乾燥後、臓器は凍結乾燥後粉末とし錠剤整形器を用いてペレット状に成形(直径13mm、重量0.3g前後)し、FEPフィルム(厚さ25µm)で2重に溶着した。 試料はPTFE製保持具の中央にPTFE製の糸で固定し、原研JRR-3M熱あるいは冷中性子ガイドビームに設置された即発ガンマ線分析装置で、 ヘリウム雰囲気中でガンマ線スペクトル測定を行った(測定時間1‚000〜18‚000秒/試料)。 その結果、血漿、尿および糞中のホウ素濃度は、ホウ素添加水給与開始後急速に上昇し、 3〜5日でほぼ一定レベルとなり、ホウ素添加水を給与しない対照区では低値で推移した(図1)。 飲料水から供給されたホウ素は、速やかに吸収され体外排出の主経路は尿であること、また、臓器でのホウ素投与区のホウ素濃度は、対照区の10倍以上高く、 蓄積は肝臓に多いことが明らかになった(表1)。 本研究の遂行にあたっては、即発ガンマ線分析によるホウ素の生体試料中の測定法を検討した後、畜産関連試料中のホウ素の測定を行い、 さらに、家畜(羊)におけるホウ素の代謝を調べた。即発ガンマ線分析は、試料を分解することなく液体試料もそのまま測定が可能であること(非破壊分析)、 また、ホウ素の他かなり多くの元素(有機物構成元素も含む)の測定が可能であることの長所を有し、本課題の実施により得られた成果は、 家畜における生体成分の動態解明を行うために非常に役立つものと期待される。
表1.羊のおけるホウ素(B)の出納
排泄量(E) | E/I |
||||
摂取量(I) | 尿 | 糞 | 合計 | ||
mg/day | mg/day | mg/day | mg/day | % | |
対照区 | 53(53,53) | 27(28,27) | 15(15,14) | 42(43,41) | 79.2(81.1,77.4) |
B投与区 | 573±124 | 453±74 | 83±23 | 536±92 | 94.2±4.6 |
摂取量と排泄量の値はホウ素投与開始後16〜18日間の平均値、
B投与区の値は平均値±S.D.(n=3)
図1.羊におけるホウ素の尿への排泄