●東京大学物性研究所 柴山 充弘
高分子の多くは単位となる低分子がたくさんつながった長いひものような分子であり、溶液中ではランダムコイルと言われるくねくねした構造をしている。
しかもブラウン運動により、その形態を絶えず変えている。
しかし、その高分子を溶かしている溶媒の性質が悪くなる(貧溶媒化する)と高分子は沈殿してしまう。
ここでその高分子が異なる性質を持つ2つの高分子が繋がってできたブロック共重合体と呼ばれる高分子だったらどうなるであろうか。
今回、紹介するのはそうしたブロック共重合体で図1に示すような化学構造を持っている。
EOVEは温度敏感型で、低温で水溶性だが温度が上昇すると水に対して非溶性(疎水性)となる。
もう一方のHOVEは親水性で通常の測定温度域において常に水に良く溶ける。
このような高分子は両親媒性高分子と呼ばれ、界面活性剤などとしての実用上の用途の他、ナノ組織体としての学問的興味があることから、近年盛んに研究されている。
EOVE-b-HOVEブロック共重合体は大阪大学理学研究科の青島研究室で開発されたものである。
通常の高分子とは異なり、ブロック鎖の長さの分布が鋭いためミセル構造をとったときに、そのコアやコロナの大きさの分布が非常に狭いという特徴をもっている。
その水溶液の流動性は温度に対して非常に敏感で、図2で示すように20°C付近でさらさらの液体からゲルへとゾルーゲル転移をする。
この現象をミクロな次元で解明するために、東大物性研のSANS-Uで小角中性子散乱実験を行った。
その結果を図3に示す。
15、16°Cでは通常の準濃厚系の高分子溶液の散乱と全く同じ散乱関数で、ローレンツ型の散乱関数となる。
その意味するところは、高分子鎖が互いに絡みあった構造をしているということである。
しかし、17°Cになると突然、散乱関数にピークが現れる。
そのピークは温度の上昇につれ、ますます明確になり、かつ2次、3次ピークも現れるようになる。
これは、良く知られた孤立球の散乱関数で見事にフィッティングでき、球の半径やその分布が精度良く求められる。
さらに温度が上昇すると、20°Cから21°Cにかけて1次ピークがさらに分化する2つ目の転移が観測された。
これら2つの転移は図4に模式的に示すような構造転移であることが結論づけられた。
最初の転移は均一溶液からミセルへの転移であり、EOVEが疎水的となり球状のドメインを形成する。
ここで出来るミセル構造は相分離が「ミクロ」な次元で起こることからミクロ相分離構造とも呼ばれている。
温度がさらに上昇すると、EOVEの疎水性は増し、その結果EOVEドメインは空間中で半径約200A、格子サイズ約900Aの体心立方格子を組んだ結晶の様な構造(超格子)を形成する。
それは2つ目の転移で現れたピークを解析することによって確かめられた。
このような相転移はファンデルワールス力が支配する有機溶媒中におけるブロック共重合体においても観測されているが、
温度に対する転移はこの例にある疎水性相互作用系の方が遙かに鋭い。
また、図2で示した急激な粘度の変化は2つ目のミセルから超格子転移に対応していることも明らかになった。
筆者はソフトマターの物性研究、とくにゲルの研究、を行っているが、ここに紹介した両親媒性高分子水溶液系は、相転移、相分離、
パーコレーションなど物性物理の諸問題を研究する格好の対象である。
こうした研究においてナノストラクチャーについて知見を提供する小角中性子散乱の役割は今後ますます大きくなっていくのは必至である。
図1.EOVE-b-HOVEの化学式
図2.ゲル化による力学的性質の変化
図3.EOVE-b-HOVEのSANS強度関係
図4.EOVE-b-HOVEの構造転移モデル