■地球・惑星物質の放射化分析■


地質調査所地殻化学部同位体地学研究室   富樫 茂子

 地質調査所では1987年に地球・惑星物質の機器的中性子放射化分析を開始し、これまでに、河川堆積物による地球化学図の作成、火成岩の化学組成、 隕石の化学組織、風化に伴う岩石中の元素の移動、鉱物の微量元素などの分析などを行ってきた。これらの試料の放射化にJRR-3M、JRR-4を使用している。
 地球化学図の作成では、中性子放射化分析の多試料の多元素迅速分析という利点を生かし、約4000個の分析を行った。 その結果、作成された北関東地球化学図の一部を第1図に示す。

第1図 Ceの地球化学図(地球化学アトラス、北関東、地質調査所、1991より)

 これらの図から、地質を反映して、自然界の元素のバックグラウンド値が場所により大きく変化していることが明らかである。 地球化学図は、人為的汚染を識別するための基礎データを提供するものであり、社会的なニーズに応えるために、今後とも推進されるべき課題である。
 放射化分析のもう一つの利点は、溶液化の必要がないことである。そのため、ジルコンなどの難溶性の鉱物を含む花崗岩などの岩石の分析が容易である。 地球化学的試料については、ICP-MSなどの分析法に比較し、この点は多いに強調されるべきであろう。
 一方、惑星物質である隕石は、太陽系の初期の状態を残しており、また地球の原料物質であると考えられる。 地球がどのように誕生し、進化してきたかを解明することにより、現在および未来の地球の環境を知ることができるので、隕石は極めて重要な物質である。 隕石の分析に際しては、地球の岩石では含有量の少ない白金族元素の標準が必要であるが、放射化分析がマトリックスの影響を受けにくい特徴を生かし、 化学薬品を標準として用いて分析を行った。その結果、隕石の岩石グループにより白金族元素に系統的な差があることが明らかになった。
 岩石の分析のみならず、鉱物中の微量元素組織からその鉱物を含む岩石の起源を議論することが可能となる。 放射化分析では、多様な鉱物の微量元素の組成を少数の標準を用いることにより分析することができる。第2図に火山岩から分離した斜長石の微量元素組成を示した。

第2図 斜長石のSr/BaおよびLa/Sm比(安井ほか、1998より)

 それぞれの火山岩起源の斜長石は異なる領域にプロットされる。 ;一方、宝永噴火の放出物の中のガブロの斜長石(★印)は、富士山の斜長石の範囲に入るので、このガブロは富士山のマグマだまりの底に沈んだものと推定できる。

 富士山の宝永の噴火(1707年)では、マグマが、地下深所のマグマだまりの周囲の岩石を削りとって、地表まで運んできた。 その中には、富士山の過去のマグマだまりの底に沈んだ結晶と推定されるものが含まれていることが、この斜長石の分析によって明らかとなり、マグマだまりのモデルを提起に貢献した。
 さらに近年、二次イオン質量分析法などにより、鉱物の数ミクロンの微小領域の微量元素の測定が急速に発展しつつあり、地質調査所も取り組んでいる。 これらの分析にはそれぞれの鉱物についての標準試料が不可欠である。放射化分析は、多様な標準試料の正確な標準値の設定に大きな役割を果たしている。
 地質調査所では、化学組成の分析にとどまらず、年代測定においても原子炉を利用している。レーザーアルゴン40−アルゴン39年代測定法は、 試料のカリウム39に速中性子をあてることにより生じたアルゴン39と、天然の同位体比カリウム40の放射壊変によって生じたアルゴン40の同位体比から年代を求めることができる。 本法は、鉱物一粒の精密な年代測定が可能な方法であり、海洋底の岩石など、これまで年代測定が困難であった岩石にも適用できる画期的な年代測定法である。
 以上、地質調査所で行われている原子炉の利用の成果を概要に述べたが、今後も、地球・惑星物質の多様な分析を行うことにより、 私たち人間の住む地球の実態を化学的に明らかにしていきたいと思う。