先端基礎研究センター スピン-格子相関中性子散乱研究グループ   松田 雅昌

 十数年前に発見された高温超伝導体は、超伝導発現のメカニズムを明らかにするために現在でも精力的な研究がなされている。 全ての高温超伝導体に共通する基礎構造は銅と酸素で形作られる2次元ネットワークである。 ホール(正孔)がない場合には電気的に絶縁体であり、この2次元面では銅が持つ磁器モーメントが整列している。 この2次元面にホールを注入していくと、ホールが動き回り、やがて超伝導を示すようになる。 これまでの研究から、超伝導発現にはこの磁気モーメントどうしの相互作用が注入されたホールに作用を及ぼすことが重要であると言われている。
 そこで、超伝導発現機構を理解するためには電気伝導と磁性の関係を明らかにすることが不可欠である。
 中性子散乱法は、中性子が持つ磁気モーメントと磁性体が持つ磁器モーメントの間に働く力を利用して、磁気モーメントの配列に関する情報を得ることができる重要な測定手段である。 我々は高温超伝導体La2-xSrxCuO4の磁気的性質を調べるために中性子散乱法も用いて研究を行っているが、 特に絶縁体-金属相転移を引き起こす低ホール濃度領域においてホールの動きと磁気モーメントの配列状態がどのように関わっているかという興味のある問題を調べている。 単結晶を用いて、JRR-3実験利用棟ビームホールに設置された3軸型中性子分光器TAS-2、LTASにおいて中性子散乱実験を行ったところ、図1に示すように、 試料温度が高く電気伝導が良い場合には磁気モーメントがお互い反平行に並んでいること(反強磁性配列)がわかった。 試料温度を低くしていくと、ホールの動きが鈍くなってくる。我々の研究により、低温ではホールは均等に存在するのではなく、 ホール濃度の大きい部分(濃度〜2%)と小さい部分(濃度〜0%)に相分離するという新しい結果を得た。 ホールのない部分では高温と同じ磁気配列をしているが、濃い部分ではホールが長周期構造(銅原子間の周期と比べて約25倍長い)を持って整列しており、 それに従って、磁気整列も長周期構造を伴っている(図1参照)。このようにホールが相分離するという振る舞いは理論的にも議論されている。 磁性体に少量のホールを注入する際、長距離クーロン斥力が十分弱い場合には低ホール濃度領域と高ホール濃度領域に相分離することが予測されている。 ホールどうしが近づくとクーロン斥力のために電気エネルギーは損をするが、磁気配列状態を乱す領域が減るために磁気エネルギーは得をする。 結果的には両者の力のバランスから相分離の有無が決定するが、今回実験的にこの相分離の存在を証明することに成功した。


図1.中性子散乱強度の温度変化(左)と銅-酸素2次元面における磁気配列と電気伝導の温度変化の模式図(右)、左図上段が反強磁性配列、 下段が長周期磁気構造に由来するシグナルである。低温(30k付近)でホール相分離が起こり、反強磁性相中に長周期構造を伴った新たな磁気相が出現する。 右図の赤い矢印は銅の磁気モーメントの配列を、背景の色はホール濃度の濃淡に対応している。