(財)電力中央研究所 伊藤 久敏様
JRR-3の照射設備を利用して、FT(フィッショントラック)年代測定をおこなっている(財)電力中央研究所の伊藤久敏様にお話を伺いました。
●伊藤さんが働いている(財)電力中央研究所について教えて下さい。
(財)電力中央研究所は、昭和26年11月に9電力会社の出資を元に設立された公益法人の中立研究機関です。
現在、約690名の研究員を擁し、うち40%は学位を取得しています。
研究内容は、火力・原子力発電など電力に直接的に関わる研究の他、エネルギー・環境研究、材料研究、バイオテクノロジーや経済など幅広い分野をカバーしています。
各電力会社にもそれぞれ研究所はありますが、当所は電気事業全体に関わる研究や、社会全体の将来を見据えた研究を行うことに重点を置いています。
●伊藤さんはどのような研究をされているのですか。
私は、地圏環境部に所属しています。 専門は学生の頃からやっていたFT年代測定法を用いた地質の年代測定で、現在はこの方法を用いて、活断層の活動履歴を評価する研究を行っています。 その他に、地熱を利用した新しい発電方式である高温岩体発電の開発にも取組んできました。
●原研の研究炉をどのように利用しているのですか 。
FT年代測定法は鉱物中に含まれるウランの核分裂飛跡(フィッショントラック)を利用した年代測定法で、ウランの含有量を求めるために、 原研の研究炉で試料の熱中性子照射を行っています。
●FT法を用いてどのようなことをされているのですか。
鉱物を対象にした放射性核種を用いる年代測定法には、閉鎖温度という概念があります。通常、鉱物はマグマ状態の高温から冷却し、現在に至っています。
閉鎖温度とは、その温度以下で放射性核種の拡散や核分裂飛跡の消滅がなくなる温度で、対象とする鉱物がこの温度以下に冷却した年代が年代測定法で求められます。
FT年代測定法ではジルコンとアパタイトを用いますが、それぞれの閉鎖温度は概ね300℃と100℃です。特に閉鎖温度100℃のアパタイトのFT法を用いることで、
地殻の浅部(概ね深度3km以浅)での地殻変動史を評価できます。現在、兵庫県南部地震を起こした野島断層周辺のアパタイトFT年代を求め、野島断層がいつ頃から活動を開始したか、
淡路島がいつ頃からできたか、といった問題に取組んでいます。
●活断層の地殻変動史を評価することで、どのようなことが解るのでしょう。
私の研究は、活断層の全体的な活動史(そのなかで、特にいつ頃から活動を開始したか、活断層によるトータルの隆起量はどの程度か、といった課題)を評価することで、 この方面の研究はあまりやられていないのが現状です。この方面の研究も強化して、活断層の全体像を明らかにすることで、将来的には地震予知などに貢献できればと考えています。
●FT法のメリット・デメリットを教えて下さい。
鉱物を対象にした年代測定法はFT法の他にK-Ar法が多く用いられています。 K-Ar法と比較してFT法のメリットを述べますと、まず、岩石の変質や風化を考慮しなくて良いというメリットがあります。 さらに、鉱物粒子毎の年代が得られるので、様々な起源(年代)の粒子から構成される砂岩や火砕岩を用いて、砂岩の堆積年代や火砕岩の噴出年代を求めることができます。 デメリットとしては、アパタイト中のウラン含有量が低いため、年代値誤差が10%程度と大きいこと、試料採取を行ってから年代値を得るまでに最低半年は要すること、などです。
●原研の研究炉に対して何か要望等はありますか。
照射した試料を持ち出せる条件が厳しく、利用者としては不便を感じています。 京大炉が廃止されることから、原研炉はFT研究者が利用できる国内で唯一の研究炉となります。 海外の研究炉はもっとオープンで利用しやすいという声を聞きますので、原研炉も今後そういう方向になってほしいと思います。
淡路島の花崗岩から得たアパタイトのフィッショントラック
※K-Ar法(カリウム-アルゴン法)
岩石中の放射性元素のカリウム(40K)と、それが崩壊してできるアルゴン(40Ar)を利用して岩石の年代を測定する方法です。
火山岩は、できたときにはほとんど気体元素のアルゴンを含まないので、火山岩中のアルゴンとカリウムの量を測定すればカリウムの半減期12億年を利用して、
岩石の生成した年代がわかります。
−ありがとうございました。
なお、この研究に関するお問い合わせは下記にお願い致します。
伊藤 久敏:ito_hisa@criepi.denken.or.jp
(財)電力中央研究所 伊藤 久敏様