●先端基礎研究センター 中性子光学研究グループ 鈴木 淳市 ・ 奥 隆之 ・ 清水 裕彦
中性子は、物質科学、生命科学、基礎物理学にとって極めて魅力的なプローブであるが、原子核反応による発生が必要なため、
ビームを得られる場所が研究炉や加速器施設などに限られる上に、ビームの輝度が不足しているという問題を抱えており、
このことが一般的な解析手段としての中性子の応用範囲を制限している。
この問題を中性子光学の系統的な研究により解決することを目指して、「中性子光学素子の開発と応用」(略称:NOP)なるグループが、
反射、屈折、回折、干渉などの光学素子や高分解能イメージングなどの要素技術についての研究を推進してきた(URL=http://nop.riken.go.jp/)中性子光学研究グループ(NOP@Tokai)は、
NOPの一翼を担うとともに、多様な可能性を秘めた中性子光学素子を中性子散乱装置に具体的に応用し、中性子科学の新展開を目指した研究を推進している。
本稿では、その中から、六極磁場中での中性子加速を利用した磁気レンズ(磁気屈折光学系)の開発とこのレンズの集光型小角散乱法への応用について紹介する。
中性子の六極磁場中での運動方程式は、
中心軸と垂直な方向についてd2x/dt2=±ω2xと与えられる。
ただし、ωは六極磁場の強さに依存したパラメータであり、また、複号は中性子スピンが局所的な磁場と反平行の場合に+、平行の場合に−である。
中性子スピンが局所的な磁場と平行な場合、中性子の運動は中心軸(x=0)周辺での単振動となるため、この機能を集束レンズとして利用することができる。
このレンズに非偏極ビームを入力した場合、出力ビームは分極効果により最大でも入力ビームの半数となる。しかし、レンズ内での散乱や吸収がなく、
ビームの軌跡を正確に計算できるという利点がある。現在、本グループが中心になり、永久磁石、超伝導電磁石、パルス電磁石(パルス中性子ビーム対応)を利用した六極磁石の開発と性能評価を進めている。
図1に有効長2m、ボーア直径46.8mmの超伝導六極磁石の外観とこの磁石による中性子ビームの集光効果の観測例を示す。観測は、JRR-3のC3-1-2-1ビーム孔で行った。
磁石の上流約1.5mの位置に直径2mmのピンホールを設置し、そこを通過させて得られる発散ビームを磁石に入射させ、
磁石の下流約1.5mの位置に置かれた検出器で中性子分布を観測した。波長1.44nmの中性子が検出器上に集光するように磁石を励磁すると、
励磁しない場合と比べて、ピーク比にして200倍以上の利得を確認することができた。
このような六極磁石の応用の一つとして、図2に示すような集光型小角散乱法が考えられる。
通常の小角散乱法では、ダブルスリットを通過した細くて平行度の高いビームを試料に照射し、小さな散乱角で散乱された中性子を試料から十分に離れた場所で検出する。
一方、集光型小角散乱法では、一つのスリットを通過させて得られる発散ビームを六極磁石のような集光光学系により検出器面上に結像させる。この集光光学系の途中に試料を配置した場合、
測定可能な散乱角の領域は、結像面上の非散乱中性子の像の大きさのみに制限され、試料の大きさには依らない。
その結果、試料を大きく取れる分だけ利用可能な中性子量が増加することになり、測定可能なQ領域の下限を通常の小角散乱法の
10-2nm-1から10-3nm-1
程度まで一挙に広げることが可能となる。本グループでは、このような集光型小角散乱法の基礎実験を行うとともに、C3-2ビーム孔に設置された小角散乱装置SANS-Jへの集光光学系の導入計画を進めている。
図1. 超伝導六極磁石とこの磁石による中性子ビームの集光効果の観測 | 図2. 六極磁石を利用した集光型小角散乱方の概念図 |