お茶の水女子大学 理学部物理学科   永田 貴志氏

 JRR-3の中性子散乱実験装置を利用して、超伝導体の物性研究をおこなっている、お茶の水女子大学 永田貴志さんにお話を伺いました。


●永田さんのご専門はなんですか

 『超伝導体』や『磁性体』の物性研究を行っています。
 超伝導体の中でも、通常の超伝導体と特性が異なる、いわゆる“変わり種”を扱っています。これらの物質には未知の情報(物性)がまだ多く残されており、 非常に興味深い研究対象の一つであると考えています。その特性を解明する実験手段として、中性子散乱を利用しています。


●原研の研究炉で利用している実験装置と現在の研究内容について教えて下さい。

 ここ最近、頻繁に利用している装置は、三軸型分光器4Gと、ガイドホールに設置されている冷中性子小角散乱装置(SANS-U,J)です。
 三軸型分光器は、試料に入射された中性子の散乱前後でのエネルギー変化を観測できること(中性子非弾性散乱実験)が特徴で、 それを利用すると物質内のスピンの揺らぎを観測できます。Sr2RuO4超伝導体は、 超伝導状態で対を成す2つの電子のスピン方向が酸化物では唯一同一方向を向く(スピン三重項)と考えられています。
 スピンを揃える磁気的な相互作用には、反強磁性的、強磁性的なもの(電子スピンを反平行、平行に揃えようとする力)がありますが、 Sr2RuO4では、反強磁性相互作用の存在を示唆する反強磁性揺らぎしか確認されず、 スピン三重項超伝導のメカニズムは今でも明白になっていません。しかし最近、反強磁性揺らぎに異方性を取り入れた場合、 スピン三重項状態が実現しうることが理論的に指摘された事を元に、その理論を実証すべく中性子非弾性散乱実験を行いました。その結果、 反強磁性揺らぎに異方性があることを確認し、さらにその大きさは電子対のスピンを平行に揃えるのに十分であることが明らかとなりました。この結果は 、強磁性でなく反強磁性揺らぎの方面からSr2RuO4の超伝導メカニズムを説明できるかもしれない事を否定していません。
 一方、冷中性子小角散乱装置は、数100Å程度の間隔で配列した磁束の構造(超伝導の混合状態)を決定するのに利用しています。 通常超伝導体で磁束を観測する時は適度な外部磁場を印加する必要があります。しかし、もし、超伝導と強磁性(自ら磁場を作れる)が同一試料内に共存する特異な系ならば、 磁場を印加しなくとも磁束が生じるのではないか、と考え研究を行っています。具体的にErNi2B2Cに関して研究を行ってきましたが、 残念ながら現在まではゼロ磁場下で磁束を観測することには至っていません。 しかし強磁性秩序が生じる温度(超伝導転移温度よりも低温)にて試料内の磁束の数が増加する現象を確認でき、今後も研究の進展が期待できます。
 ちなみに現在、原研共同利用にて磁束格子の観測を行っているのは、日本国内でも我々のグループのみといっても過言でありません。

ErNi2B2Cの結晶構造


●利用期間中は、どのように実験を進行させているのですか。

 実験開始日は、試料や冷凍機の準備のため、ほぼ一日中、放射線管理区域内で作業を行います(原子炉は、放射線の遮蔽が非常によく行われているので、安心して作業ができます)。 セッティングが済むと、ネットワークを通して外から操作します。限られた時間内に有益なデータを取るため、期間中は、データ解析と測定方針の調整にあてられます。
 実験は古川はづき氏(教授)と数人の学生達と共同で進めています。時には24時間体制で測定が何日も続く事もありますが、メンバー内の持ち回りで作業をこなしています。


●原研の研究炉、実験装置等に対して何か要望はありますか。

 現在、すべての物質に対して中性子散乱実験を行うことはできません。 と言うのは、例えば、針ほどの大きさの試料で中性子のエネルギー変化を観測した場合ではほとんどシグナルが期待できないため、 比較的大きな単結晶試料が作成できる物質に限られてしまうからです。
 強度が強くなれば小さな単結晶試料でも測定が可能になり、中性子実験が行える試料の選択肢が広がります。今後のJ-PARCの発展に期待しています。


●永田さんのこれからの目標を教えて下さい。

 現在、我々が研究の対象としている物質の特異性は、他の研究機関によって報告されたものがほとんどです。 今後は、自ら新しい物質を探索し、その試料に関する物性研究を行えたらよいと考えています。


−ありがとうございました。

Sr2RuO4ルテニウム酸化物超伝導体
 3元素化合物で同じ向きのスピンを持つ2つの電子がクーパー対を形成しているという珍しい超伝導体。

ErNi2B2Cホウ素炭化物超伝導体
 1995年に発見された新しい金属間化合物超伝導体。希土類層と遷移金属層が交互に積層する2次元的な構造を持つ。超伝導は遷移金属層で起きていると考えられている。磁性はEr(エルビウム)が担う。

なお、この研究に関するお問い合わせは下記にお願い致します。
永田貴志:nagata@phys.ocha.ac.jp

お茶の水女子大学 理学部物理学科   永田 貴志氏