京都大学科学研究所   金谷 利冶助教授

 JRR-3Mの中性子散乱設備を利用して、高分子の物質を研究している京都大学科学研究所の金谷先生にお話を伺いました。


●一口に高分子と言いますが、その範囲はどこまでを言うのですか。

 プラスチックやゴム製品、更には、広義の定義からすると、生体組織やゲル状のもの(たとえば寒天)、DNAも高分子になります。 我々が扱う合成高分子は通常毛毬状で存在し、ミクロなうどんのようなもので、半径数オングストローム、 長さが103〜105オングストロームぐらいのひも状の分子で、 バルク状態では多くの高分子鎖が絡み合って存在しています。


●原研の研究炉を使って具体的にどのような研究をなさっているのですか。

 我々が研究しているのは主に合成高分子です。JRR-3Mに設置されている色々な中性子散乱分光器を用いて、高分子の構造や動き(ダイナミクス)を調べています。 一般に高分子に代表される複雑系の研究では、単一の分光器を用いた研究で全てがわかるということではなく、色々な種類の分光器を使います。


●複雑系という表現がありましたが、その言葉を使う所以はどこにあるのですか。

 高分子は、もともと炭素や水素(CH2)等の集まりなのですが、いくつか組み合わさってそれがひも状になり、 さらにバルク状態になるとそれが絡み合ってくる、それが何層にも階層(高次構造)をなす等、その状態と動きの組み合わせは限りなくあります。 それらの状態あるいは動きの組み合わせは粘性、透明性、硬さ、伸縮性、浸透性等の性質と様々に係わってきます。 これが複雑系たる所以です。したがってその全容を明らかにするには多くの測定手段を駆使しなければなりません。 原子レベルから高次構造レベルまで観ることが出来る中性子散乱はその有力な測定手段です。 複雑であっても性質がわかれば、製法を開発し、その性質に合った製品を作ることができます。


●研究の成果は、いかがでしたか。

 たくさん得られました。主として透明性に係わってくるガラス転移での異常緩和、硬さに関係してくる高分子の結晶化構造、 粘性や透明性に関係する高分子ゲルの階層構造やダイナミックス、浸透圧に関係する高分子ミセルの形態や運動などについてです。


●我々の身近で役立っているものは何ですか。

 これもたくさんあります。高分子ガラスは、オプティカルファイバーやCDの原料として役立ちますし、 高分子の結晶化機構を明らかにすると鉄より強い高分子が簡単にできるようになります。 また、高分子ゲルはすでに食材や生理用品に多く使われていますし、人工筋肉を作る研究も進んでいます。 このように高分子は我々の身近で、時には思いもよらぬところで役立っていますし、これから研究が進めばますます身近なものとして役立つでしょう。


●これまで研究をしていて印象に残っていること、気づいたこととかありますか。

 中性子散乱実験に関していえば、研究上での学際的なお付き合いが多くあることです。 実際に共同研究をする場合もありますし、また実験の合間の議論から色々と研究のヒントを得ることも多くあります。 また、これは気づいたことと言うよりは要望になってしますかもしれませんが、我々のような高分子の物性をやっている立場からは、試料の環境を微妙に変化させるとか、 思い立ったことをすぐに実験できるとかは重要で、可能になればとても有り難いです。


●その他何か掲載して欲しいこととかありますか。

 最近、原子炉を取り巻く状況は内外ともに厳しいものがあります。ブルックヘブンの研究用原子炉も閉鎖になってしまいました。 原子炉を利用させて頂いている立場からは、原子炉は非常に安全で、かつ多くの学術的成果をもたらしてくれるなんてはならない施設であることを強調しております。 これを嘘に終わらせないために、また今後我々が信頼を回復するためにも、より細心の注意で事故を起こさないように心掛けること、より一般に開かれた施設にすること、 多くの実りある研究成果を上げることが重要であると思います。


−ありがとうございました。

京都大学化学研究所   金谷 利冶助教授