日本原子力研究所原子炉安全工学部 熱水力安全研究室   柴本 泰照

 低温低沸点液体と高温高沸点液体が接触すると低沸点液体が激しく蒸発することがある。 その際、蒸発速度が大きく、蒸気圧力の増加速度が周囲の液体中での圧力緩和速度より大きい場合には蒸気爆発と呼ばれる爆発的反応となり、 例えば原子炉シビアアクシデント時の溶融炉心冷却過程において最も過酷な現象として知られている。 この溶融燃料と冷却材の相互作用(MFCI)時には、冷却材の蒸気が大量に発生するのであるが、蒸気生成速度によって蒸気爆発になる場合と爆発に至らない場合がある。 後者は穏やかなMFCI事象と呼ばれ、本研究ではその現象解明研究の一環として、高温の溶融金属中に水をジェット状に落下させた体系についての基礎研究を行っている。
 従来の研究では、透明な液体に注入される水ジェットの挙動については数々の例があるものの、 高温溶融金属中に注水するといった沸騰を伴う両者の相互作用について論じられた例は限られていた。 特に、多くの液体金属は可視光には不透明であり、その中の水の挙動を可視化することは非常に困難であった。 そこで我々は、原研3号炉の中性子ラジオグラフィ(NRG)施設を用いた実験を行い、可視化に対する問題を解決すると共に、 発生蒸気量や水ジェット貫入深さなどのパラメータについて定量計測を試みている。 NRG法は、中性子の対象物(水や溶融金属)に対する吸収係数の差を利用した放射線透過法の一つであり、 本論のような金属容器内の流れや液体金属流れの可視化には非常に有効とされている。 さらに、得られた画像の輝度は計測対象物厚の情報を有しているため、画像処理を施すことで液膜厚さ等の計測へも適用できる。
 実験は、試験部としてギャップ10mmの扁平半円形容器を用い、模擬溶融燃料として鉛ビスマス合金を満たしたところに、室温の水を流速約7.4m/sでジェット状に注入した。 実験パラメータには合金の温度を調節して、水と溶融金属の界面接触温度(熱伝導理論による近似式から算出)が446K(#1)と687K(#2)の二つを選択した。 これは、蒸気爆発の重要なパラメータの一つである自発核生成温度(予め存在する気泡核の助けを借りずに自ら蒸気泡を生成できる水の温度)を境界とした二種類の沸騰状態の比較を意味する。
 NRG原画像から画像処理により得られた水ジェットのホールドアップ(水膜厚)分布の時間変化を図1に示す。 この図で、半円容器を満たす灰色部分は溶融金属プールを表し、黒い部分が水を表している。 また、同図より計測された発生蒸気体積の時間変化を図2に示す。#1では、溶融金属が低温のため、注入初期(t<30ms)の短時間では水ジェットの沸騰がほとんどなく、 周囲の空気を巻き込みながら溶融金属内へ貫入し、プール内に形成される「くぼみ」が比較的大きくなっている。 一方、#2では、高温条件により両者の接触と同時に水の蒸発が開始し、くぼみも小さい。 しかし、その後の蒸気発生量については、高温の溶融金属に落下させた#2の方が低温の#1よりも蒸発の発生量が少なくなるという興味深い結果となった(図2)。 本実験のような高サブクール条件下(サブクール度=70K)では、最小膜沸騰温度が過熱限界温度(自発核生成温度の理論上限値)となる。 このため、#2では注入直後から水/溶融金属の界面上に安定な蒸気膜が形成され、これが伝熱の阻害に寄与し、蒸気発生が少ない結果となったと考えることができる。 また図3に示すように、#2では、蒸気発生量が少ないためジェットの吹上がり開始の時間が#1よりも遅れ、水ジェットが長時間かつ深く貫入する結果となり、 水ジェットが安定な挙動を示すことがわかった。


図1.液体金属中に落下する水ジェットのホールドアップ分布時間変化

図2.形成cavity内の発生蒸気量 図3.水ジェット貫入深さ