筑波大学臨床医学系脳神経外科 松村 明先生
JRR‐4の中性子ビーム設備で医療照射を行っている筑波大学の松村先生にお話を伺いました。
●脳腫瘍になる人は年間何人くらいいるのですか。
約一万人に1人は原発性脳腫瘍になっています。そのうちホウ素中性子補捉療法(BNCT)の治療対象になりうる神経膠芽腫は、更に10分の1、約10万人に1人です。 つまり日本の総人口がおよそ1億2千5百万人ですから、年間約1‚250人の人がBNCTの対象となりうる神経膠芽腫になっていることになります。
●原発性というのは。
通常、脳腫瘍というのは、脳に出来て脳以外には転移しませんこのような癌を原発性の脳腫瘍といいます。 それに対して例えば胃とか肺とか他の臓器から脳に転移する癌がありますが、これは転移性の脳腫瘍です。
●脳腫瘍になるとどのような症状がでるのですか。
いろいろな症状が現れます。これは脳がその箇所によって機能が決まっているからで、例えば手足の麻痺とか、前頭葉に腫瘍があると物忘れが多くなるとか、 更に症状が進むと知的障害やけいれん、意識障害などがおこります。
●脳腫瘍の治療法としてBNCTの優れている点はどんなところですか。
BNCTの原理を知っている人は既にご存じと思いますが、一つは細胞レベルで選択的に治療できるため正常脳にダメージが少ないことです。 これは腫瘍にのみホウ素化合物が集積し中性子との反応で発生するα線とリチウムの飛程が短いからです。 もう一つは、α線とリチウムが高*LETの粒子線であることから腫瘍へのダメージが大きいことです。 したがって、他の治療法では長期間の治療を要するのに対して、BNCTでは1回(日)の治療で済むということです。
●逆に問題点は何ですか。
問題点は、中性子が腫瘍にどれだけ広く深く行き渡るかという点と、ホウ素化合物が全ての腫瘍細胞にどれだけ行き渡っているかという点です。 この問題をクリアするため熱中性子に代わって熱外中性子の適用が行われており、さらには現在使っているホウ素化合物に代わる新しい薬剤の開発も行われています。 また原子炉あっての治療法であるため治療できるところが原子炉に制限されてしまう点も問題点です。
●これまでのJRR‐4での治療成績は如何ですか。
まだ治療後時間がたっていないということもありますが再発した人はいません今後さらに経過を見ていく予定です。
●今後のBNCTに対する取り組み方としてどのように考えますか。
一つは、原研が医学・生物方面の実験等も取り込んでほしいということです。 もう一つは、原子炉側が中心となって他の分野の専門家と一緒に医療照射に取り組む研究チームを作り体制を整えて欲しいということです。 いずれも難しいこととは思いますが、一般の研究所でも自分の分野以外のことに新しく取り組んでいるところがかなりありますし、 研究チームの整備については、海外の医療照射に取り組んでいる研究炉が既にそうしているからです。時代の流れに沿って行って欲しいと思います。
●原研の研究炉に対して何か要望とかありますか。
原研のスタッフの方が医療のことに慣れないにもかかわらず献身的にサポートして下さり感謝しております。今後とも良い協力関係を保っていければと思います。
−ありがとうございました。
*LET:放射線が物質中を通過する際、飛程の単位長さ当たりに平均して失うエネルギーを線エネルギー付与(LET:Linear Energy Transfer)という。
筑波大学臨床医学系脳神経外科 松村 明先生