日本原子力研究所 先端基礎研究センター 超低温中性子散乱研究グループ   富満 廣

<PNO装置…>

 約30年前、JRR‐2炉室で中性子回折トポグラフィの開発に携わった時、その“中性子環境”が“埃っぽく”、 何事にもクレーンを要するほど“粗っぽい”のに驚かされたが、そこでの蓄積を基に、1980年代末にJRR‐3が改造される際、 “精密中性子光学実験装置(PNO)”を3G孔に設置した。 一見“粗野な”中性子も、シリコン完全結晶で波長と方向と位相を精度よく整えれば、精密な“動力学的”な振る舞いを示し、 電子線やX線に比肩するのみならず、それらに望みえない大きな特徴を発揮することが可能になる。 実際、外部振動・温度変動・ノイズ等を除去する等、世界一級の専用装置として設計した。 爾来、次世代発電機用高耐熱ガスタービン翼(Ni基超合金の単結晶)の特性検査と製法確認(中性子回折トポグラフィ法)、 同じく使用中のガスタービン翼の残余寿命の非破壊的推測法の開発(極小角散乱法)、人工多層膜の完全性の検証(三結晶逐次回折法)等の実績を重ねている。

<散乱長とは…>

 さて中性子が物質を透過する際、その物質と特有の相互作用を行い、結果として一定の位相差を生じる。その量は、 中性子自体の波長と物質原子一個当たりの相互作用の単位量(干渉性散乱長、bと略記;いわゆる断面積は4πb2)と、 作用する物質原子の数(原子数密度Nと厚さtの積)の積に比例した量である。 このb値は、中性子と物質の相互作用の程度を示す重要な量で、元素に依存するのみならず、 その同位体によっても非常に異なった値を示し、理論的予測は事実上不可能で、実測によるしかない。 この重要な量も、多くの同位体および放射性元素が未測定である。また、実測値も、かなり精度の悪いものが多いのが実情である。 この目的のためには、中性子干渉計による測定法が最適の方法である。

<干渉計実験は…>

 図1に、実験配置を示す。 干渉計は、結晶完全性の高い一個のシリコン棒から精密に切り出してあり、共通の土台の上に、三枚の回折板が立つ構造である。これら三枚の回折板の間隔が等しいことが重要である。 さて、二枚のPGモノクロメーターで大まかに波長と方向をそろえた中性子束を第1回折板に入射させる。 そこで回折波と透過波に分割し、次いで第2回折板で回折した二つの波を、第3回折板で重ね合わせる。 両波とも二回の回折を経て、波長と方位が非常に高い精度で整えられており、ここでの干渉が可能である。 その際、その両波の間には、途中で透過した試料物質との相互作用による位相差が生じており、これに対応した干渉現象が観察される。 例えば、図2は202Hgの測定結果である(青点)。縦軸が毎3分間のカウント数、横軸が試料回転角で0.2度ずつ、400点測定してある。 図2の結果を、実験式に当てはめて解析(図中の赤い曲線)すると、強度変動の周期に関係する量として、B=b・λ・t・N、つまりbが得られる。 なお上の式から明らかのように、b値の精度は、専ら試料の厚さや原子数密度(即ち、原子量と比重)の精度で制限されるのが実情である。

<まとめると…>

 測定した結果を表1にまとめた。世界初の測定や精度向上(1〜2桁)など、結果は国際的データ集に載録されつつある。 今後は、中性子干渉計の応用範囲を広げる工夫を進める予定である。本研究には、東大工学部及び当所相澤一也氏の協力を得ている。


   
図1.干渉計実験のビームの様子     図2.水銀同位体の干渉強度測定例

表1.PNOで測定した干渉性散乱長
(単位:10-15m;"n-":天然比試料)

試料 測定値 既存値 特徴
n-Al 3.427 3.44-3.445 (参照測定)
n-Nb 7.128 6.9-7.14 (参照測定)
n-Ga 7.212 7.2-7.288 精度向上
69Ga 8.053 7.88 精度向上
71Ga 6.170 6.4 精度向上
n-Cu 7.7093 7.35,7.90 精度向上
63Cu 6.477 6.40,6.72 精度向上
65Cu 10.204 10.57,11.09 精度向上
n-Hg 12.595 12.66,13.10 精度向上
202Hg 11.002 無し 初測定
n-W 4.7555 4.77,5.1 精度向上