物質科学研究部原子核科学研究グル−プ    藤 暢輔 ・ 初川 雄一 ・ 大島 真澄

 試料を原子炉からの中性子で照射して放射化し、それからのガンマ線を計測して試料中の元素を定量する所謂中性子放射化分析は、 その高感度の故にICP法などと共に広く行われている。 化学形に依存しない、中性子およびガンマ線の透過性が高いので大きさに依存しないといった特徴がある。 従来行われてきた放射性核種分析は、放射性核種から放出されるガンマ線を、1台のガンマ線検出器により測定して得られる1次元のエネルギースペクトルから、 エネルギーや半減期の情報に基づいて核種の同定を行っている。 通常ガンマ線検出器にはゲルマニウム検出器が使われるが、その分解能は1MeV のガンマ線に対して半値幅で2keVなので、約1,000である。 放射性核種は平均して10本オーダーのガンマ線を放出するので、少ない核種を含む試料では問題ないが、数十核種を含む試料ではガンマ線の本数は数百本に達し、 これらをすべて分離することは不可能になる。 特に、弱いガンマ線は他の強いガンマ線に邪魔されて観測することは困難になる。
 我々はこのことを打破するために、ガンマ−ガンマ同時計数法を試みた。 多くの放射性核種は同時に複数のガンマ線(多重ガンマ線)を放出することが知られている。 これらを多重ガンマ線検出装置(図1参照)の2台以上の検出器で同時に検出し、ガンマ線エネルギーのペアからなる事象データを得、それらを2次元マトリクス上に加算すると、 その上では同時計数するガンマ線のペアに相当するガンマ線ピークが現れる。 この2次元ガンマ線ピークを解析することにより、従来の1,000倍である1,000,000の高分解能が得られ、数1,000の核種が同時に存在しても完全に分離できる。 さらに、1次元スペクトルのバックグラウンドは2次元平面状では線上に局在するために、大部分の領域では数カウント以下に押さえられ、微弱なピークの検出が可能になり、 感度も1,000倍以上改善されることが期待される。
 我々は最近この方法を、環境中の放射性129I(半減期1,570万年)の分析に応用し、迅速かつ高感度で定量することに成功した。 原子力事故などで放出される放射性核種のうち、放射能が強く人体に大きな影響を与えるヨウ素(131I、133I)は、 急速に安定な非放射性物質に変わるため、時間が経過した後での定量は困難である。 一方、半減期が極めて長く131,133Iより危険性の少ない129Iも131,133Iに対して一定の割合で放出されるので、 これを測定することにより131I等の放射性物質の放出量を推定できる。 実証試験の結果、129Iの自然放射能を定量する十分な精度と迅速性を備え、 照射からガンマ線測定までの時間も従来の数時間から10分オーダーに短縮できた。 大洗海岸で採取した海藻中のヨウ素の分析では図2に示す2次元マトリクスが得られ、 安定同位体127Iに対する129Iの比は3.5 x 10-10で、この量は自然放射能と同レベルであった。 この分析法では10-13の高感度が得られることが分かった。
 ヨウ素の迅速、高感度定量に成功したことで、原子力事故などにも有効に対応できるほか、129Iの長半減期を利用して、 海底に眠る新エネルギー源のメタンハイドレートや鉱物試料の1,000万年オーダーを対象とした年代測定なども実用レベルで可能となり、地球科学及び資源開発といった学術、 産業応用への新たな途がひらけると期待される。 また、多重ガンマ線検出法は迅速、高感度、多元素同時定量といった特長があり、元素定量を手段とする広範囲の研究分野に役立つものと期待されている。


図1.アンチコンプトンガンマ線分析器12台からなる多重ガンマ線検出装置“GEMINI”(タンデム加速器施設)

図2.ヨウ素試料の2次元マトリクス